義父よ安らかに

4人の父母のうち一人だけ最後まで健在でいてくれた義父が、先日、90歳で他界した。葬儀で美しい生花に囲まれた遺影を見つめていたら、壮健だったころの思い出が次々と蘇(よみがえ)った。
義父と最初に会ったのは、妻との見合いの席であった。当時は現役バリバリの県議会議員だった。私は駆け出しの公務員で、県議会議員の肩書きはずいぶん偉い人のように感じて、緊張した。しかし実際に会ってみると、満面、にこにこと笑みをたたえ、大変親しみやすい印象を受けた。
大事な娘の連れ合いだから当然かもしれないが、義父は私を大変大切にし、愛してくれた。婿自慢と見えるほど、県庁など各所で私のことをうれしそうに話題にしていたらしい。少し恥ずかしくもあったが、義父が私のことを気に入ってくれているのが分かり、うれしかった。私も義父を愛し、尊敬した。互いに「義理」の文字は消え、「実」の父子のような関係だったと思う。
結婚してあらためて知ったが、妻は大変父親思いであった。一方義父もまた、娘を非常に大切にし、愛しているのがよく分かった。妻の話によると、若いころ義父は娘の外出や門限に極めて厳格だったそうだが、娘を大切に思う一念からであったろう。また、見合いの話がいくら来ても、父親の方があれこれ言って承諾しなかったそうだ。(私のときは逆に、娘が私の服装や連れていかれるレストランの不満を訴えても聞く耳を持たなかったそうだが)
それなのに、妻をまだ若くして先立たせてしまったのは、かえすがえすも痛恨事であった。最愛の娘に先に逝かれた父親の悲しみは、いかばかりであったろう。しかし義父は悲しみを顔には出さず、じっと耐えた。今ようやく天上で、先に逝った愛する家族と再会していることだろう。
義父は県議を八期も務めた。地域のために身を粉にして働き、人々の信望が厚かった。このような政治家としての義父の姿を、私は見習わねばと思う。そして義父が私に対して示してくれたあのあたたかさを、今度は私が子どもたち(実であろうが義理であろうが)に対して与えたいと思う。


 
横須賀市長 蒲谷亮一

 

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