戦争の記憶

今年も間もなく終戦記念日を迎える。私は戦争中に生まれたが、幼過ぎて戦争そのものの記憶はない。しかし、戦争にまつわる忘れられない子どものころの思い出が二つある。 一つは、夕暮れの墓地で、祖母が号泣していた。一人息子(母の兄、海軍水兵)を戦争で失い、遺骨すら戻らず、真新しい白木の墓標に取りすがり「正雄」「正雄」と声を限りにわが子の名を呼んで泣いていた。 幼い私は、追浜にあるその墓に行くのが嫌だった。そこに行くと、普段泣かぬ大人が皆泣いた。人前で涙など見せたことのない父までもハラハラと涙をこぼした。辺り一面ヒグラシが鳴いていた。 映画の1シーンのように、鮮やかにいつまでも記憶に残る情景だ。墓の前であのように泣いていた祖父母も両親も、今では全員がその墓の中で静かに眠っている。当時、大人の涙を理解できなかった私だが、今では、戦争で肉親を失った家族の無念さが、胸に痛いほど伝わってくる。特に最愛の息子を無残にも失った母親の悲しみが。 もう一つは、子どものころ、だれにも言えなかったが、上空を飛ぶ飛行機の低い爆音が怖かった。夜中などに一人その音を聞くと、何とも言えぬ不安に襲われた。名状し難い漠然とした恐怖。そして不思議なことに、それは肉親の死の不安を伴った。優しい母がいつかは死んでしまうという堪え難い悲しみ。 なぜ飛行機の爆音がこのような不安をいつも引き起こすのか、当時は分からなかったが、今はその原因を確信している。それは、戦争中幼児の私が多分母親に抱かれながら体験した空襲の恐怖が、私の心に傷のように残ったに違いない。 私たちは今、平和な日本に生きている。しかし、私たちの親や祖父母の世代は悲惨な戦争を体験し、筆舌に尽し難い苦しみを味わった。また現在、世界各地で人々が戦争に巻き込まれ、戦火におびえている。今の日本の平和の尊さを再認識し、この平和をいつまでも守らなければならないと、終戦記念日を前にしてあらためて思う。


 
横須賀市長 蒲谷亮一

 

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