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| 美しい日本語を話そう(2) 非常にあいまいで意味不明な表現がまん延している。例えば「部分」。 「あまりにも責任が大き過ぎて、どう責任をとったらよいか分からない部分がある。」これは、例の耐震偽装事件の張本人A氏の発言である。「部分がある」などというあいまいな表現は、こういう場合やめてほしい。 一方、「口には言えないほどの怒りみたいなものがある。」これはその事件の被害者の実際の言葉である。「みたいなもの」ではなく「怒りがある」と端的に言った方が気持ちが伝わると思うのだが。 自分自身の思いや考えなのに、他人事のような表現を用いる人が増えている。自分の子どもが事故に遭いそうな危険に関し「心配かなと思います」と母親が言っている。これではまるで他人事のように聞こえる。 「その一言が何よりの励みになります。」と言うべきを「励みになるかなと思います」とか「励みになるんじゃないかと思います」と言っているが、これでは話し手の感謝の気持ちが伝わらない。 また、本来例示を意味する「とか」が意味不明に多用されている。例えば「両親とかに感謝しています」とわざわざあいまいにしている。 言葉は自分の思いを伝えるためにある。意味不明な表現や第三者的な言い方は、訴える力を弱め、美しさにも欠ける。 その他、気になる表現を挙げればきりがない。「自分的には」や「自分の中では」は何かおかしく感じる。「自分は」とか「自分としては」の方がよいと思う。「こちら〜になります」ではなくて「これは〜です」、「〜円からお預かりします」ではなくて「〜円(を)お預かりします」が正しいと思う。 言葉は意識して磨くものだ。正しい日本語、美しい日本語を話そうと努力しないと、おかしな日本語がはんらんする。皆が使うからそれで良いというものではないと思う。 服装などで外観は飾れても、話す言葉が美しくなければ台無しだ。外国人に、これが正しい日本語ですと言えるような美しい日本語を話したい。 横須賀市長 蒲谷亮一
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