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プロポーズ秘話
亡き妻とは見合い結婚だった。初対面の後、数カ月の交際を経て、いよいよ正式に結婚を申し込む決心をした。
心に決めたその日は、春の穏やかな日であった。二人で静かな公園を散歩したり、レストランで食事したりした。プロポーズにふさわしい場面はいくらもあった。しかし、いざとなると肝心の一言がどうしても切り出せない。時間はむなしく過ぎ、とうとう夕方帰途に着く時刻となってしまった。東京でデートしたときは、新宿から小田急で相模大野まで行き、そこからタクシーで自宅まで送る習慣になっていた。 新宿駅の雑踏の中で、これは困ったことになったと思っていた。実は、前夜既に、仲人に私の意思を話し、相手のご両親には仲人から伝えてもらうことになっていた。彼女の家に着く前に何とかしないと、本人よりご両親の方が先に知っているというおかしなことになる。込み合う急行に乗り込んだ。車窓のガラスに映る相手の顔を横目でちらちら見るが、まさか車内で申し込むわけにはいかない。 相模大野駅に着いてタクシー乗り場に向かう。当時はラーメンの屋台などが立ち並ぶ薄暗い駅前で、長い列を作って車が一台一台来るのを待っていた。私はいよいよ切羽詰まった。今を逃すと、あとはタクシーの中しかない。ついに意を決して切り出した。いきなり相手の正面に向き直り「ご両親には既に仲人を通じてお話が行っていると思いますが」と、誠につまらない前口上から始まった。 何事かと驚いたような顔をした彼女は、次の瞬間、意味を悟ると、あっというような仕草をして下を向き、私の正面を避けるように左に30度旋回した。ここで逃げられては後のない私は、そうはさせじと急いで相手の正面に回り込む。すると相手はまた回転する。タクシー待ちの列の中で、2人でぐるぐる回る奇妙なことになった。 結局、彼女からは明瞭な返事は一言もなかった。が、恥ずかしそうにうつむいて旋回した様子が、受け入れのかすかなサインであった。二人ともタクシーの中では一言も口をきかなかった。 35年前の忘れ得ぬ思い出だ。 横須賀市長 蒲谷亮一
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